葉山の真名瀬海岸を望む高台にある宮城道雄旧別荘「雨の念佛荘」(葉山町堀内)が10月17日18日に公開された。
宮城道雄は箏曲の演奏家で、「春の海」をはじめ、多くの名曲の作曲家として知られる。1894(明治27)年、神戸生まれ、8歳の時、失明を宣告され、二代中島検校(けんぎょう)に入門して生田(いくた)流箏曲を学ぶ。1917(大正6)年に上京。1933(昭和8)年頃から同別荘を借り、1935(昭和10)年、別荘を入手。同年、自身初の随筆集「雨の念佛」が出版されたことから「雨の念佛荘」と呼ばれるようになった。さらにその3年後、離れ「検校の間」を増築した。真名瀬海岸や富士山が見渡せる六畳間で、宮城道雄は作曲や執筆もここで行った。
宮城道雄没後 、後継者の宮城喜代子・数江姉妺がたびたび別荘として使っていた。喜代子没後、宮城道雄記念館(東京都新宿区)へ遺贈されたが、1991(平成3)年、葉山の別荘建築について調査を進めていた「葉山ウォッチングの会」によって同館へ修復の提言があり、2000(平成12)年~2006(平成18)年の間に5回の修復工事を行った。
同別荘は「湘南邸園文化祭」に参加し、宮城道雄作品の演奏会や建物の見学会を毎年開催していた。コロナ禍以降、建物は閉鎖され、傷みも増していたが、同会の後継「葉山環境文化デザイン集団」に管理運営を委託。公開できる準備が整ったことから、同イベントが新しくスタートした。
記念館の理事、牧瀨静枝さんは「当別荘は葉山の自然をこよなく愛した宮城道雄が入手し、多くの名曲や珠玉の随筆が生まれた。宮城道雄記念館(現在、建て替え中)に残る宮城の書斎『検校の間』と共に宮城道雄の息吹を今に伝える、私たちにとっては大変重要な存在」と話し、「今後はこの建物が持つ歴史的・文化的な価値を生かしながら有効に活用されていくことを願っている」と期待する。記念館に「検校の間」が新築される際には、宮城自身が「葉山の離れのように」と注文を出したほど、「雨の念佛荘」を気に入っていたという。
2日間で4回のガイド付き案内が企画されたが、全て定員に達した。参加者は、建物全体が茶室作りのような数寄屋の意匠を丹念に見学して回った。
今後は予約制で見学などができる。