「お話と展示 防災の日に地震・津波から身を守ることを考えよう!」が8月28日から、「こだわりの道具と雑貨の店 紡氣(つむぎ)」(逗子市逗子5)2階で開催されている。
関東大震災空撮写真集「神奈川は被災地だった」(提供=ジオ神奈川)
同会場を市民への情報発信の場として運営している「チームつむぎ」が防災月間にちなみ、関東大震災による三浦半島の被災状況などを調査研究し、継承活動をしている市民グループ「ジオ神奈川」(逗子市沼間2)の協力を得て企画した。
「ジオ神奈川」は、2015(平成27)年に関東大震災空撮写真集「神奈川は被災地だった」を、今年、絵本「逗子小坪の関東大震災-109歳の証言」を出版した。編集に当たり資料を集め、当時の体験者の話を聞いた。代表の蟹江康光さんは「関東大震災というと東京だけ大きな被害を受けた印象があるが、横浜をはじめ三浦半島の被害も大きかった。例えば全壊家屋は東京市が 1万2000棟だが、東京市の人口の5分の1だった横浜市では1万6000棟にも及び、震源に近い横浜市の被害率は東京市の7倍といわれている。陸軍陸地測量部による調査報告『震災地応急速図原図』では、逗子町全減、新宿全減、小坪海岸津波で全滅と記載されている」と話す。
会場には、逗子市内を流れる田越川の橋や家屋が被害を受けた写真、逗子の岩盤地図などのほか、横浜市中区・西区周辺の被災状況の写真も展示している。
逗子の岩盤や地層と照らし合わせることで関東大震災や東日本大震災時の揺れについて蟹江さんと共に調査した妻の由紀さんは、9月1日に展示会場で行われたお話会で参加者に資料を見せながら「関東大震災の時の逗子町(当時)の市街地は地盤液状化で90パーセント以上が倒壊。丘陵斜面は地形に合わせて上からちぎれるように崖崩れが起きている。外洋に面する小坪海岸と内湾の逗子海岸では、津波の波高や被害も違う。地形や地盤の固さは自然災害の際に参考になる」と説明した。
2018(平成30)年、「日本地質学会」への参加で北海道にいた蟹江夫妻は「中胆振東部地震」に遭遇し、停電で大混乱の2日間を札幌市で過ごしたという。由紀さんは「緊急時の必需品は何かということを身をもって体験した。菓子と飲み物、保険証、お薬手帳は携帯するようにしている」と話す。
企画した「チームつむぎ」のメンバーは「蟹江さんたちが足で集めた貴重な資料を多くの人に見てもらうことが、いざという時の心構えにつながれば」と呼び掛ける。会場では、写真集や絵本も販売している。
展示は9月15日まで。木曜休催。