1955(昭和30)年に創業した逗子の写真館「谷山スタジオ」(逗子市逗子3)が2025年12月31日で閉店した。
当初は「亀甲館」の名で、現店主・近徹さんの妻・遊亀子さんの両親・谷山安男さん・重子さん夫婦が始めた。重子さんは都内・浅草橋の写真館「亀甲館総本店」の三女。和装から洋装が主流になる時代、呉服店の新規事業としてスタートし、一時は48店舗にまで事業を広げた。その別荘が逗子にあり、戦時中の疎開先だったという。
戦後もそのまま逗子で暮らした重子さんは安男さんと結婚し、「亀甲館」を始める。当時、開店を手伝いに来た親戚に「逗子は何もないところだな。山の上に家が建てばいいが」と言われたという。遊亀子さんは「おかげさまでその後、山の上に団地がいくつもできて、店舗前の道路も広がり、バスが通るようになり、お客さまに恵まれたと両親から聞いている」と話す。「成人式には店内だけでなく、外まで並んで待ってもらうほどだった」とも。
結婚式や同窓会などの出張撮影も多く、安男さんは1日3カ所(逗子マリーナ、国鉄海の家、なぎさホテル)を回っていたという。大にぎわいの逗子海岸で街頭撮影も行っていた。
重子さんは写真館の隣でファンシーショップやインポート服を扱うセレクトショップなども開いていたが、特に七五三用の貸衣装が好評だった。2016(平成28)年、パティシエを辞め、写真を学んでいた徹さんが3代目を継いだ後 も、重子さんは88歳まで元気にカメラマンとして働いた。
徹さんは「子ども専用の写真館ができ、スマートフォンで撮ることが当たり前になってきた。コロナ禍で外出を控えるようになった後、写真館で撮る人は激減した。お宮参りを撮った赤ちゃんが成人式で来てくれたりする喜びは大きかったが…」と振り返り、遊亀子さんも「大学では全国の写真館の2代目、3代目と一緒に学び、今もいい仲間だが、ほとんどが店を閉じている。写真館は人生の節目に寄り添い、一緒に喜び合えるいい仕事だった」と話し、「私は3姉妹だったので両親は自分たちの代で終わりだと思っていた。それを徹さんが継いでくれて、今は母も3姉妹も感謝の気持ちでいっぱい」と笑顔を見せる。