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県推薦の聖火リレーランナー3人(逗子・葉山在住在勤)に思いを聞く

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逗子市・葉山町は東京2020オリンピック聖火リレーのルートに入ることができなかったが、東京2020オリンピック聖火リレー神奈川県実行委員会が組織委員会に推薦し、決定した65人の中に3人、逗子市・葉山町在住在勤の女性がいる。応募した思いなどを聞いた。

 聖火リレーは3月26日に福島県のナショナルトレーニングセンターJビレッジをスタートし、121日をかけて日本全国47都道府県を巡る。神奈川県は6月29日、箱根駅伝往路ゴール地点付近を出発し、7月1日の横浜赤レンガ倉庫まで約55キロを約280人でリレーする。


(写真左から)澤崎さん、蓼沼さん、田中さん

―― 聖火ランナー決定おめでとうございます。まず自己紹介とどんなスポーツをしてきたか、また、オリンピックの思い出を聞かせてください。

田中江里(以下、田中) 葉山ハートセンターの院長をしています。小中学校のころ、陸上競技を、大学では硬式テニス、今は弓道です。陸上は短距離系と走り幅跳びでした。オリンピックの思い出というと、ロス五輪の開会式で人が飛んで聖火に点火したシーンと、カール・ルイスが100メートルも200メートルも400メートルリレーも走り幅跳びも金メダルだったことです。絶対王者のカール・ルイスが大好きでした。

蓼沼美幸(以下、蓼沼) 都内の企業に通う会社員です。小学校のころ、クラブ活動でスケートを習って、テニスも少し。中学生の時はゴルフにチャレンジ、高校では弓道部で、二十歳を過ぎてからヨットやウィンドサーフィンをやっています。中学生のころ、音楽にとても興味があって、坂本龍一さんがバルセロナ五輪の開会式で指揮をしたことが思い出深いです。マスゲーム用に作曲したんですよね。オリンピックはすべてのもの一つ一つ、一人一人が主役で、誰も欠けることなく、みんなが参加して花を添えるんだなと思いました。

澤崎弘美(以下、澤崎) いけがみ眼科整形外科医院の眼科医です。健康スポーツ医と障がい者スポーツ医の資格を持っていて、視覚障がい者支援をしています。スポーツを通して障がい者にかかわらず、外出や運動に困難を抱えている方たちに運動の機会、外出の機会、社会と交わる機会を作る活動もしています。

 オリンピックはどれもこれも思い出深いですが、あえて言えば、長野オリンピック。当時、滞在していた長野県内で中継を見ていました。他国でやっている様子をテレビで見ているのとは違って、山越えたすぐそこから声も熱気も伝わってくるような気がして、自国開催ってとても盛り上がるんだなと実感できたオリンピックでした。

―― 皆さん、50歳~52歳と同世代で、主婦であって仕事もしているという共通点があります。応募のきっかけは何でしょう。

田中 応募のきっかけは「神奈川なでしこブランド」です。神奈川なでしこブランド2019に当院の女性向け人間ドックを認定していただき、それを広報するために8月の真夏の暑い日に「ベイスターズ祭り」に出展しました。そのイベント会場の裏が県庁で、そこに申込書が置いてあったんですね。ふと記念に申し込んでみるかと。オリンピックのチケット申し込みもしていないし、これまでの人生で宝くじなどくじ引きなんて一度も当たったことがないから、どうせ無理だと思っていたんです。でもその時、申込書が目に留まったことが、なでしこブランドに応募して、認定されてからの縁のような気がして…。

蓼沼 私の逗子海岸での一番の大きな活動がNIGH WAVE(ナイトウエーブ)です。関わったきっかけはこのプロジェクトを総合演出・プロデュースしている石多未知行さんのツイッターでした。「第7回かながわ観光大賞」も受賞しているイベントです。逗子=夏を払しょくしよう、秋でも冬でも逗子には海岸があるということで、海岸を活用して続けています。石多さんから「オリンピックの時に、逗子をはじめとした神奈川のビーチでNIGHT WAVEをしたいと考えている」との話を受け、私も「そうだ!」と思いました。応募する文章にも書きましたが、NIGH WAVEが逗子ブランドになっていることをたくさんの方に知ってもらいたいという思いがあって。

澤崎 私にとって走るということは、共に走る、一緒に走るなんです。多様な方と手を取り合って、一緒に走ることはすなわち、共に暮らそう、共に生きていこうというメッセージに他ならない。私は最初から聖火ランナーを走るつもりで2晩かけて応募書類を書いて、あちこちに応募しました(笑)。

 オリンピックだけでなく、例えば逗子の観光やイベントもそこに参加できる人って一部の人なんですね、障がいがあったり高齢だったりで、なかなか加われない方はおそらく人口の半分以上いると思っています。私たちが楽しんでいるところに、何か困難があって加われない人がいると思いますが、そういう人たちも取り残すことないオリンピックパラリンピックになってほしいと思っています。

 実は小学生の時に病気をして、今考えると、全然違うと思うのだけど、親が心配して運動系の部活に入ることに反対されて、中学の時は美術部でした。でも勝手に運動をやり始めて、高校は卓球部、大学は躰道部。走り込むとか筋トレとかが大好き、子どもの時にできなかった分、体をいじめることがこんなに気持ちいいことなんだと気が付いてしまって…。体を動かせない不自由さを知っているので、余計に参加できるものには参加したいと強く思うのかもしれません。

―― 決定の通知が来た時の気持ちはどうでしたか。

澤崎 12月12日に決定はメールで来て、その後、ちゃんと参加する意思があるかどうかの確認の電話がありました。

田中 私は夜、帰宅したらメールが来ていたことに気付いて気付いて、担当者から留守番電話もありましたが、最近は詐欺の電話も多いので、12月17日に記者発表があるまで黙っておこうと思いまた。

蓼沼 会社で昼頃に携帯で確認しました。件名がオリンピック協会からみたいなものだったので、見たくなるじゃないですか。聖火ランナーの通知は落選ならば通知が来ないので、これは見なきゃいけないな、と思ってクリックしたら、「おめでとうございます」というメールでした。普通に仕事をしていましたが、「えっ」が「え~っ」て大きな声になってしまって、すぐに周りの同僚に気付かれ、「やっぱりもってるね。おめでとう」と言われました。

澤崎 9月30日にオリンピックの聖火リレープレゼンティングパートナー企業の一社から1次選考通過の通知があったので、もしかしたらとは思っていました。で、その日は小学校就学前検診の日でた。タクシーの中でメールに気付いて、見ず知らずの運転手さんに「聖火ランナーになっちゃたよ」と言ったら、降りる時に「握手してください」って言われて一緒に喜んでもらいました。

田中 12月初めごろには発表があると書いてあったから、そろそろだなとは気にはなっていましたが、どうせ無理だろう、外れただろうと思っていたので、連絡があった時は予想外で、私のような一般人でいいんですかと言ってしまいました。ただ、電話があると書いてなかったので、ひょっとしたら詐欺もあり得るかなとも思いました。でもうれしくて家族と病院の幹部にだけは言いました。発表までは黙っておくように付け加えて。応募のきっかけになった真夏のものすごく暑い中の出展に一緒に行った事務長は特に、とても喜んでくれました。

―― 12月17日に公表されて、周囲の反響はどうですか。

田中 特別にスポーツもやっていないし、イベントもやってないし、一般の人でしょ、だからどうやって応募したのと聞かれますね。逗子葉山はコースに入っていないから応募も少なかったのでは。

蓼沼 仕事仲間が言ってくれた言葉で確かにそうだなと思ったことがあります。今回の倍率が165倍だったということはすごく熱い思いを応募動機400文字に書いた165人の内の一人っていうことなんだから選ばれたことに感謝したほうがいいよと。自分の思い400文字、推薦文400文字、合わせて800文字×165の思いがあるわけだからって。

―― オリンピックが日本で開催されること、そのオリンピックの聖火ランナーとして走る思い、地域を背負って走る思いなど聞かせてください。

田中 病院に来る方は高齢者が多いですが、でも90歳を超えても自分で通院できる方々、そういう方々が「オリンピックを見るまでは元気でいたい」「人生の最後にもう一度見たい」と言われることが多いんです。

 パラリンピックの選手は、障がいを認定された人たちが参加していますが、実は高齢者もどこかがうまく動かなかったり目や耳が悪かったり、腰が痛くて歩けなかったりで、それを障がいとは言わないけれど、スポーツをやりたくてもやれない人、日常生活が大変な人がたくさんいます。それで、応募動機にも書きましたが、そんな高齢者の人たちが心から楽しみにしている、そういう人がいるってことを伝えたいと思ったんです。世界一進んだ高齢化社会の中で、彼らが生きる楽しみにしている事業を国家事業として開催するわけですから、実際の高齢者の声を代弁したかった。

 本当はパラリンピックの聖火ランナーに応募したかったけれど、8月時点でパラはまだ募集期間ではありませんでした。パラの聖火リレーコースに入っていれば90歳の方をはじめ高齢者の皆さんと走りたいと思っていました。

 パラに出て競技のできる若い人たちだけじゃなく、暮らす上で体の不便さを持っている人たちがたくさんいて、そういう人たちもオリンピックを楽しみにしていることをメッセージとして伝えられたらと思います。本当に外来に来る人たちが「あと半年、頑張ります」と言ってオリンピックを楽しみにしています。

―― 逗子で走れないが故に思いも強いのでは?

蓼沼 もちろんです。50代を代表して、逗子ブランドを発信したい。ナイトウエーブの時は約1万5000人も集まるのですが、もっと経済効果につながるようにしたい、そのためにはこういう魅力的なことを逗子はやっているんだと伝えたいですね。

澤崎 先ほども言いましたが、来たくても来られない人、声にならない声、表に現れない顔がたくさんあることを知っているので、ワンチームで、一人も忘れられることなくという思いを込めて走りたい。片手には伴走ロープを持っているつもりで走りたい。逗子だけではなく、私が関わっている三浦半島、神奈川県、日本のみんなで心一つに走りたいと思っています。

―― 今後のスケジュールですが、本番では田中さんと澤崎さんが6月29日、蓼沼さん30日ですね。どこの区間を走るか、いつ分かるのでしょう。

蓼沼 2週間前くらいに発表されると書いてありました。

田中 箱根だったら前泊しないと駄目かなと考えたりしています。ユニホームはもっと早く欲しいかな。ズボンの裾が長かったら裾上げしないといけないし…。

蓼沼 えっ、6月はユニホーム、短パンですよ。3月~5月のリレーの人たちは長いけれど、6月からは短パンで半袖って…。

田中 えっ、そうなの。何と、私、選べるのかと思っていた…どうしよう、太いことがばれてしまう。

―― いえいえ、太さに親しみを感じる沿道の人もいると思いますよ。

澤崎 二の腕も気になるな。引き締めておきたい(笑)

蓼沼 トーチは当日に渡されるようですが、トーチの受け渡しのポーズ(トーチキス)を練習するようにと、ユーチューブに載っていましたよ。ハートを合わせるようなパフォーマンスを考えておくようにと。誰に受け渡すかわかりませんけどね。

澤崎 かの芸能人だったらどうしよう。

―― D川さんとかですね。

田中 ハートセンターのハートでもいいのかな。

蓼沼 あっ、それいいじゃないですか。

―― これから企業枠のランナーなども発表されていくと思いますが、地域枠で選出された3人の皆さんには地域を代表して地域の声を発信していただきたいと思います。

田中 逗子葉山の人たちは地元の沿道で観られないから、地元で推薦されたランナーが走る沿道にはその地元の人たちが優先的に見られる枠がほしいなと思います。観覧の地域枠があればいいですね。

蓼沼 そうですよね、地元を走れないから、終わった後にでも、3人でトーチを持って慰問じゃないですが、施設などを訪問できたらと思います。ランナー本人は7万円くらいで購入できるんですよね。

田中 終わった後もだけど、5月や6月に気運が高まってきたら神奈川県も聖火リレーがありますよって回って宣伝もしてみたい。

蓼沼 ヨットに3人で乗って何かできるような気もします。

澤崎 葉山や逗子のスポーツイベントに参加させてもらってPRすることもできるでしょうね。

田中 葉山逗子はコースでないだけに、私たちの思いを伝える場所を探してみたいと思います。

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