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大手証券会社から独立。30代夫婦が起業。逗子に移住する新世代のワ-クライフバランスとは

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 逗子ではここ数年、子育てを始めるタイミングで30~40代の若い世代が移住し、ワ-クライフバランスを考えながら職住近接を実現しているケ-スが目立つ。

 今回、インタビュ-した羽田夫婦も、そのモデルケ-スのような生活に挑戦している。「夫婦で理想とする大好きな家族、大切なコミュニティ-、仕事がどんどん重なる生き方ができるか、の実験をするハコとして夫婦でつくった」というWAREHOUSE。コミュニティ-事業としてヨガクラス・瞑想(めいそう)会・レンタルスペ-ス運営を、ワ-ク事業としてア-トプラットフォ-ム「ナッツ」、おからなどのス-パ-フ-ド販売、その他新規事業を、コンサルティング事業として新規事業、IPO、資金調達など企業向けコンサルを展開している。

――逗子に越してきたのが2018年3月。どうして逗子だったのでしょうか?

裕紀子さん 前から将来は姉と隣り合わせで家を建てようと話していました。先に逗子に住んでいた姉夫婦から「2軒並んで建てられる土地が出たからどう?」と誘いがあり、すてきな場所だったので越してきました。姉には3人子どもがいて、子育てが得意中の得意。私は仕事をしながら、現在7カ月になる娘の他にもう一人子どもも欲しいので、隣にいてくれて心強いです。

――娘さんは逗子に越してきてから生まれたんですね。

隆也さん そうです。3月に越してきて、娘が生まれたのは5月30日。warehouseの法人登記が9月で、同じようにベンチャ-企業をスタ-トさせている仲間と立ち上げた「逗子葉山ベンチャ-協会」のキックオフが10月でした。

――お姉さんたち以外に知り合いがいない土地で、このスピ-ド感はどこから?

隆也さん ここに家を建てようと決めたときには夫婦でどういう生活をしていこうか話し合っていました。家はその生活に合うように設計してもらいました。

裕紀子さん お互いの生き方をアウトプットするために10年後、15年後、どんな夫婦像でいたいかを話し合いました。

隆也さん 40歳 子ども1年生 家にオフィスがあって、朝起きたらそこに仕事があって、子どもたちを送り迎えして、その時に一緒に仕事しているメンバ-がいたら、「おはようございます」って来てくれてもいいし、夕方になったら子どもを迎えに行って、夜は9時以降、仕事をしない。通勤もないし、夫婦も近いし。結婚×家×人生計画に向き合おうとしました、2人で。そこが違うと失敗してしまうなと考えて。

――今、同世代の人はそういう話をするのですか?

隆也さん 気持ち悪いねって言われました(笑)。でも大切だと思います。彼女は大学生の時に海外で活動していたので、元々起業したかった人なんです。なのに、逗子に家を建てて、僕は独立してしまった。

裕紀子さん 海外で起業したいという希望はありましたが、大企業も見てみたくて就職しました。そしたらその大企業での仕事が楽しすぎて辞められない。一人ではできないレベルの仕事ができる楽しさです。

20代で2度の転職
「逃げの転職」はするな

――2人は会社で同僚だったのですね。

隆也さん はい。戻った会社で同じ部署でした。

――戻った?

隆也さん 大学卒業後、都内の大手証券会社に就職し、新規上場のコンサルティングの仕事を3年半。好きなこともやらせてもらっていたし、裁量をもらってやらせてもらっていて、とてもいい会社だったのですが、26歳でラクスルに転職しました。正社員3人目という時でした。事業の立ち上げ、法人のセ-ルス、コ-ルセンタ-の立ち上げ、最後は管理部長。仕事しすぎて後頭部が痛くなり、身体に支障を来したので、いろいろと考えて辞めることを決めました。辞める決断をするまで1カ月かかりました。相談した人からは「逃げの転職はするな」と言われました。「逃げの転職」をすると逃げ癖が付くから、それだけはやめなさいと。それはその通りだと思ったので、一番の繁忙期を越えて、自分がニュ-トラルになった時に辞めることを伝えました。

――それで以前、在籍していた証券会社から声が掛かったのですか?

隆也さん 証券会社の当時の上司から戻ってこないかと言っていただきました。元の同僚からは「出向していたみたいだね」と迎えてもらいましたが3年で独立することになります。

――呼び戻してくれた部長さんの手前もあったと思いますが…。

隆也さん とても尊敬している方なのですが、突然、部長が辞めてしまいました。ちょうど彼女との結婚も考えていた頃で。結婚したら僕らの人生どうなっていくのかな、自分で仕事をやってみるのもありかなと思い描いていました。

 ラクスルの頃からの縁で、勤務時間外で課外活動のように相談に乗っていた案件もあったので、会社の給料が無くなっても死なないだけの仕事は何とかできるという覚悟もありました。

ライフワ-クとライスワ-クが
一緒になるといい

――逗子でWAREHOUSEを立ち上げて、最初はどんなところからスタ-トましたか?

隆也さん 情報収集、リサ-チですね。逗子のネットワ-クリストなど作りましたが、知り合いがいなかったからリ-チできない。それで出会いの場「warebar」を自宅で企画しました。開ければ人が来るかな、人を巻き込んでいこうと…。ヨガができる人、瞑想ができる知人がいたので、その会場としても提供しました。ヨガスタジオかと思っている人もいたようです。

裕紀子さん 私もフェイスブックで同じような思考の人を探していて、中西豪さん(リブランディング代表)という人にメッセ-ジを送りました。すぐにお会いして話したら一緒に何かできそうということになって…。

隆也さん 中西さんとつながったのは大きかったですね。中西さんは僕たちがここでやっていこうと思っていたことを先に始めていたので、中西さんを通してつながりもでき、10月には「逗子葉山ベンチャ-協会」を一緒に立ち上げました。協働パ-トナ-ができて本当に良かったです。

――事業の立ち上げにはつながりが大切ですね?

隆也さん 事業を始めたいときには、場を作る人、お金を集めてくる人、計画を立てられる人、集客ができる人、PRマ-ケティングができる人などさまざまなスペシャリストが必要です。やりたいというその思いの強さで僕らはこの形を作りました。アイデアが入ってくる場所を作ったと思っています。そして、ライフワ-クとライスワ-クが一緒になるといいですね。生きると食べるが一緒になるといいなと思っています。

――今はまだそれが別々なんですね。

隆也さん 生活のために東京で仕事をすることもあります。会社にいた頃のつながりで頂いた仕事をするために東京に行っている。事業立ち上げやベンチャ-のファイナンス支援の仕事などです。

――でもここに場所を作ったことは最大の武器ですね?逗子では何か始めたくても場所を探すことが難しい。会議する場所を確保することすらなかなかできません。

隆也さん 僕たちは、仕事場が自分たちの家だったらいいよねということでここを作りました。たまたま人が集まれたらいいなと思って、リビングを広く作ったけれど、最初は仕事のためではなかった。空間を作ったからできるのではなく、ここはハ-ドウエアだと考えます。

夫婦ユニットで面白いことやっている
そんなモデルケ-スに

――2019年はどんな年になりそうですか。

隆也さん 人という仲間、組織を持って課題解決をしていくのが妻、困っている人の背中を押して個人的な仕事をやってしまうのが僕。時間を決めて夫婦で経営会議もしますが、そこで妻に「業務委託の会社を作ったのではない」と怒られます(笑)。プロジェクトの立ち上げ屋で終わらないようにしないといけない。お金を生むように回していかないといけないと思っています。 

裕紀子さん 逗子はアイデアさえあれば誰でも何でもできる場所。まだまだ出会いがたくさんありそうです。働く場がないという人が多いけれど、自分で何かやろうかなという人が、あの夫婦もやっているみたいだし、と思ってもらえるようになりたい。

隆也さん これやりたいんだけどどうしたらいいのっていう人に会いたいです。企業勤めの人がふと地元で何かやってみようと思ったら面白い。逗子葉山は動きやすい感じがしています。夫婦ユニットで面白いことやっているっていう風に思ってもらいたいですね。

追記:羽田夫婦の2019年は米ニュ-ヨ-クから始まった。
アメリカ出張の目的は「究極的に東京から離れたアメリカからでも日本でしている仕事を進められるか、リモ-トワ-ク大実験/ライフスタイル事業におけるBLUE NUTSの次の商品のアイデアを深める、アメリカのライフスタイルに浸透させたい日本製商品の市場調査/アメリカと日本でできる新たなビジネスの種の創造/夫婦の人生プランとWAREHOUSEの長期的な事業計画のブラッシュアップ/完全プライベ-トな家族旅行」だそうです。

【関連サイト】 WAREHOUSE

【インタビュー】逗子葉山経済新聞編集部

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